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2008.09.24

なるべく日記には楽しいこと、面白いネタを書くように心がけてるんですが。
個人的な内容で申し訳ないですが。
でも書いちゃう。すごく長いよ。





その日、月下美人が見事な花を咲かせました。
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翌日、庭の白い彼岸花も咲きました。

実家の猫が逝きました。
うちに来て15年、私の人生の半分以上を一緒に過ごした仲間でした。

8月半ば、あまりに太ってきたので獣医に診せたところ、
お腹に水が溜まる病気で治療法はないと言われました。
母猫からもらったようで、つまり生まれたときにはもう決まっていたのだと。

8月末、夏休みに帰省したときは、予想していたより元気そうで安心しました。
2,3日に1回病院で腹水を抜いてもらわないと呼吸が苦しそうでしたが、
自分で食事もし、トイレにも行き、調子がいいと喉を鳴らして喜んでいました。
ふわふわの毛に隠れて、見た目はほとんど変わっていませんでした。
しかし抱き上げるとあまりに軽く、骨ばっていました。
4.3キロあった体重は医者に行くたびに減り、2.7キロにまでなりました。

残された時間をなるべく長く一緒にいたかったので、週末は実家に飛んで帰りました。
何をするでもなく、ただ鼻の頭をなで、苦しそうなら病院へ連れて行く、それだけでした。

9月18日。
前日、週の頭から食事をしなくなったと連絡があったので、夜に会社から実家へ直行する予定でした。
昼ごろ「だいぶ苦しそう」と母からメールが来たので、早めに向かわせてもらいました。
到着から3時間後、彼女は息を引き取りました。
会社が終わってから向かっていたのでは間に合いませんでした。
本当はどうだか知らない。けど、私を待っててくれたんだ、と勝手に思ってる。

できれば苦しまず、眠るようにと願っていましたが、彼女の死に様は真逆でした。
荒い呼吸を繰り返し、なんとか酸素を取り込もうと必死になっていました。
もういいよ、頑張らんでいいよ、楽になっていいよと語りかけていましたが、
逆に彼女はまるで身支度を整えるごとく、フラフラしながらもトイレまで向かいました。
その時目が合いました。
獲物を狙っているかのような、恐ろしいほどの輝きでした。
自分の最期を悟っているにも関わらず、その目は生きることを諦めていませんでした。
死んで楽になろうとはしていませんでした。
猫は死ぬ時身を隠す、というのは本当でした。
死ぬ直前、大好きだったお風呂場の隅っこにもぐりこむそぶりを見せました。
いつもは食事の催促ぐらいしか鳴かない彼女が、最期は大きく一鳴きして逝きました。
叫び声に近い声が、お風呂場で反響して。

それまでは、別れを想像しては夜な夜な涙を流したのに、今は穏やかな気分です。
もっと落ち込んで、毎日泣いて、食欲もなくなって、何も手に付かなくなると思ってたのに不思議。
もちろん、もうモフれないのは寂しいし、写真を見てウルッとくるときもありますが、
ちゃんとお別れを言えたからいい。彼女が苦しくなくなったならそれでいい。
両親、特に母にはかなりショックだったようです。これには驚いています。
ペットというものは結局最後は母親が面倒みるはめになるし、束縛されるし、
もともと動物があまり好きではなかったから。
この子のおかげでせっかくの老後に旅行にもいけないわー、と冗談交じりに言っていました。
本気ではないと分かってはいつつ、やはり負担をかけてるのかと思ってました。
特に最後の1ヶ月、通院の手間も治療費もかかったし。
しかし猫の亡骸に向かって、楽しかったねー、と語りかけたのを見、
15年間本当にかわいがってくれてたんだと分かりました。
改めて心から感謝を。私に妹をありがとう。

どう寝れば自分がかわいく見えるか、常に研究していた(つまりずっと寝てた)猫でした。
ペットフードのリサーチにも熱心な(つまりよく食ってた)猫でした。
人間の食料にも研究の幅を広げていた(かつおの刺身は取られる)猫でした。
猫は家に居つくと言うけれど、これからはたまには私のところにも遊びにおいで。

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